センターの紹介

 

ごあいさつ

 静岡平和資料センターは「日本国憲法」と「静岡平和都市宣言」を基本理念とする平和を考えるための資料センターです。
 センターを運営しているのは『静岡平和資料館をつくる会』です。会員の会費と有志からの寄付、そして静岡市から助成を得て、市民のボランティアで活動しています。
 『静岡平和資料館をつくる会』は、1970年代からの、空襲による悲惨な体験を埋もれさせてはならないという市民有志の運動に源流を持ちます。
 体験記や体験画集の出版、実物資料の収集が行われ、「空襲展」を開催してきました。そして1988年11月、『静岡・平和資料館の設立をすすめる市民の会』が発足、同年、静岡市長に静岡平和資料館設立を要請しました。会は1996年9月『静岡平和資料館をつくる会』に改称、現在に至っています。
 詳しくは「静岡平和資料館をつくる会のあゆみ」をご覧ください。
 静岡平和資料センターは1993年8月、静岡市民体育館3階にオープン、1996年相生町に移転し、さらに2008年、伝馬町の現在地に移転して活動を続けています。
 私たちは、人類共通の願いである「世界から戦争がなくなり、人々が平和に生きることができる国際社会の実現を目指し、センターを運営しています。

2018年8月15日
静岡平和資料センター長


「静岡平和資料館をつくる会」のあゆみ

 

―前史―

西暦 内容
1971年 静岡空襲の記録を残そうという市民の有志によって「静岡市空襲を記録する会」が発足。
1972年 「静岡大空襲―総力戦下の生と死」展を開催(松坂屋静岡店)。
1974年 市民の体験手記を『静岡市空襲の記録』として出版。
1981年 「静岡市平和を考える市民の会」に改称し、戦争の惨禍を広く後世に語り継ぐ会へ。
1985年 市民から募集してきた体験画を、画集『街が燃える人が燃える』として出版。

 

―会史―

西暦 内容
1988年 戦時資料を常設展示できる公設の平和資料館の建設を静岡市に要請し、
「静岡・平和資料館の設立をすすめる市民の会」を発足させる。
1989年 静岡市に戦時資料の収集を要請。会も独自に資料収集を続ける。
1990年 「6.19静岡大空襲展」を開催(静岡市民文化会館)。
1992年 「青い目の人形を知っていますか?静岡・親と子の戦争と平和」展を開催(市民文化会館)。
1993年 静岡市の協力で「静岡平和資料センター」を静岡市体育館3階に開設。市民から貴重な戦時資料が寄せられるようになり、資料収集・保存、展示、団体見学受入れ、平和文庫、および、会報の発行などの活動を常時行う。
場所を静岡市が提供し、運営を会のボランティアが担う基本的な方式が整う。
1995年 「戦後50周年記念展示」を静岡市と共催。『ドキュメント静岡の空襲』を出版。
1996年 静岡市の助成で「静岡平和資料センター」を相生町に移転。「静岡平和資料館をつくる会」と改称。
2000年 「戦後55周年記念展示」を静岡市と共催(市民ギャラリー)。静岡市教育委員会を通して市内の小・中・高校へ、「センターだより」の配布を始める。ホームページを開設。
2003年 清水の空襲体験画の募集を始める。
2004年 清水・静岡両区役所および清水区中央公民館にて体験画・写真展を開催。
2005年 「戦後60周年事業」を静岡市と共催。展示、戦跡めぐり、体験を聞くつどい。『静岡・清水空襲の記録―2350余人へのレクイエム』および『静岡・清水空襲体験画集―あの時を忘れない』を出版。
2008年 静岡市の助成で「静岡平和資料センター」を現在の伝馬町に移転。DVD映像で見る「静岡空襲」(21分)を制作し、常時上映。
2010年 「戦後65周年事業」を静岡市と共催。『戦後六十五年の追憶~戦地からの手紙・静岡空襲・戦争中の暮らし』および『「満州開拓」展の記録』を発行。
2013年 「第24回国連軍縮会議in静岡」に協力して空襲関連展示を開催。
2015年 「戦後70年展示」を静岡市と共催。展示、体験を聞くつどい、紙芝居、演劇、公募作品展および親子平和教室など。

 

 近年はドイツ空襲展や親子戦跡めぐりなどの多彩な企画展示・イベントを行い、若い世代をはじめとする来館者層の拡大にも努めている。また、「ちいちゃんのかげおくり」などの小学生向けの教材セットの貸出しも好評である。さらに、他市や他県の平和資料館などとの連携にも力を入れている。戦争や空襲を体験した世代が減少するなかで、その体験を語り継ぎ、平和について自ら考える場を提供していくことが、戦争や暴力のない世界へつながると信じて、「街の資料館」としての草の根の活動を今後も続けていきたい。同時にまた公設の平和資料館の実現についても粘り強く働きかけていく。